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港町の空は、朝から灰色の雲で覆われていた。

港町の空は、朝から灰色の雲で覆われていた。
風は少し湿っていて、潮の匂いが濃く漂っている。
私は桟橋に立ち、足元の木の板を踏みしめながら沖を眺めた。
その向こうには、かつて嵐の夜に灯りを放っていたという古い灯台が、小さく影のように見えている。

「本当に行くんですね。」
背後から声がした。
振り向くと、図書館で出会ったあの男性――名前は高瀬と名乗った――が立っていた。
手には航路図と古びた羅針盤を持っている。

「行かなきゃ、進まない気がするんです。」
私の言葉に、高瀬は短く頷いた。
「嵐の灯台は三枚目のカードと関係しているはずです。だが、注意してください。あそこはもう使われていませんし、海流も複雑だ。」


私たちは小型の帆船を借りることにした。
港の船宿で年配の船長に事情を話すと、最初は怪訝そうな顔をしていたが、灯台の名を聞くと少しだけ態度が変わった。

「……あそこに行くってのは、ただの観光じゃねえな。」
「ええ。」
「なら、この船を使え。ただし、帰ってこられる保証はねえぞ。」

船長はそう言って、白い帆の船を指差した。
船体には古い錨のマークが描かれ、どこか懐かしい雰囲気を漂わせている。


出航の準備を整えているとき、港の片隅からこちらを見つめる少女の姿があった。
年の頃は十歳くらい。
肩までの黒髪と、大きな瞳が印象的だった。
彼女は私たちに近づくと、小さな紙包みを差し出した。

「これ、持っていってください。」

中には、手のひらサイズの貝殻が入っていた。
内側には薄い銀色の光沢があり、耳に当てると、かすかに波の音が聞こえる。

「これ、どうして?」と聞くと、少女は少しだけ笑った。
「お守りです。あの灯台は……帰ってきた人の話を、あまり聞いたことがないから。」

彼女の言葉は不思議と重く、胸の奥に沈んだ。


午前十時、帆船は港を離れた。
帆が風を受け、木の軋む音と波のうねりが交互に響く。
海は穏やかだったが、水平線の向こうには黒い雲がゆっくりと広がっている。

高瀬は羅針盤を見ながら言った。
「嵐の灯台は、この港から北東へ二時間ほど。だが途中で潮の流れが急に変わる場所がある。注意しないと、島の反対側に流される。」

私たちは交代で舵を握りながら進んだ。
途中、小さな漁船とすれ違うと、船員たちは無言で灯台の方向を見やり、首を振って去っていった。
まるで、そこに近づくこと自体が禁じられているかのようだった。


昼過ぎ、海面の色が変わった。
深い青から、濁った緑色へ。
波のうねりも大きくなり、船体が上下に揺れる。
その瞬間、ポケットの中のカードが熱を帯びたように感じた。

「……感じましたか?」
高瀬も同じようにカードを取り出していた。
嵐の灯台の絵が、ほんのわずかに光っている。

「間違いない。この先に何かがあります。」

私たちは風を受けて船を進めた。
やがて霧が立ちこめ、視界がぼやけ始める。
その中に、ぼんやりと高い影が浮かび上がった。

それは――嵐の灯台だった。

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