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霧の中から、嵐の灯台が姿を現した。

霧の中から、嵐の灯台が姿を現した。
海上にそびえるその影は、近づくにつれて巨大さを増し、やがて海面に突き立つ黒い柱のように見えた。
壁面は長い年月で削られ、苔と海藻がこびりつき、窓のいくつかは板で塞がれている。

「……誰も使ってないんじゃなくて、封じられてるようですね。」
高瀬の言葉に、私も同意せざるを得なかった。
この灯台には、単なる廃墟とは違う“拒絶の気配”があった。


船を灯台の側面にある古びた桟橋に繋ぎ、私たちは慎重に上陸した。
足元の板は海水で滑り、踏むたびにギシギシと音を立てる。
扉は分厚い鉄製で、錆びついていたが、押すと意外にも簡単に開いた。
中からは冷たい空気と、かすかな油の匂いが流れ出る。

灯台の内部は螺旋階段が中央に伸び、上階へと続いていた。
壁には昔の航路図や、灯火レンズの部品らしき金属片が散乱している。
足音が反響し、階段を登るたびに外の波音が遠ざかっていく。


二階には、古びた作業室があった。
机の上には錆びた羅針盤、日焼けした航海日誌、そして何枚かの写真が置かれている。
写真には、笑顔の男女が並んで灯台の前に立っている姿が写っていた。
だが、顔の部分だけが不自然に擦れて消えている。

「これは……誰かが意図的に消した跡ですね。」
高瀬が指先で写真の表面をなぞった。
「“彼女”と呼ばれている人物かもしれません。」

その言葉に、日記の記述が頭をよぎった。
――七枚揃えば、失われた“彼女”の時間が戻る。


さらに階段を登り、最上階へ辿り着く。
そこはレンズ室で、巨大なフレネルレンズが中央に鎮座していた。
外の曇り空を背景に、その透明なガラスが静かに光を反射している。
しかし不思議なことに、レンズの内部に小さな光が揺れていた。
まるでキャンドルの炎のように。

近づくと、その光の中に何かが浮かんでいる。
薄い板――そう、カードだった。

私は息を呑み、ガラス越しにそれを見た。
カードには満月の夜、海辺に立つ人物の後ろ姿が描かれている。
裏面にはこう記されていた。

「月はすべてを照らすが、影だけは消せない」


カードを手に取った瞬間、外で雷鳴が響いた。
同時に灯台全体が揺れ、古びた木材が軋む音が重なる。
窓の外では、さっきまで穏やかだった海が一転して荒れ狂い、白い波が桟橋を叩きつけていた。

「まずい、嵐が来る!」
高瀬が叫び、私たちは階段を駆け下りた。

外に出ると、霧が嵐の雲と混ざり、視界がほとんどなくなっていた。
船は桟橋で激しく揺れ、ロープが今にも切れそうだ。

「早く!」
私たちはロープを外し、帆を半分だけ張って港の方向へ舵を切った。
背後で、灯台の最上階の窓に一瞬だけ人影が見えた気がした。
長い髪を風になびかせ、こちらを見下ろす女性の姿。

だが次の瞬間、稲光と共にその影は消えた。


数時間後、私たちは港に戻った。
嵐はまるで私たちを灯台から追い払うためだけに現れたかのように、港に着いた途端に嘘のように収まった。

船を降りると、あの少女がまた岸壁で待っていた。
彼女は私の手に握られた新しいカードをじっと見つめ、何も言わずに微笑んだ。

「次は……どこに?」
高瀬の問いに、私はカードの絵を見つめながら答えた。
「月の下、海辺に立つ場所……探さなきゃ。」

こうして、4枚目のカードが揃った。
しかし同時に、あの灯台の窓に現れた“彼女”の影が、心から離れなかった。

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