「……あなたも持っている?」
私は思わず一歩前へ出た。
男性はゆっくりとコートの内ポケットから何かを取り出した。
それは、私が持つカードよりも少し大きく、縁が銀色に縁取られていた。
描かれているのは、嵐の中の海。荒波の向こうに、赤く灯る灯台がひとつ。
「裏を見てみてください。」
そう言われ、裏返すと、そこにも短い言葉が記されていた。
「嵐は、道を閉ざすのではなく、選ばせる」
彼はカードを丁寧に戻しながら言った。
「これを見つけたのは十年前です。偶然だと思っていましたが……あなたのカードと絵のタッチが同じだ。」
私は胸のポケットから1枚目と2枚目のカードを取り出して並べた。
確かに線の描き方や絵具の滲み方までそっくりだ。
ただ、どれも裏の言葉は違う。
「全部で何枚あるんでしょう?」と私が聞くと、男性は少し考え込んだ後で答えた。
「私が知っている限りでは……七枚だと聞いたことがある。」
七枚。
未来で見たあの断片的な映像が頭をかすめた。
海辺に立つ七人の影と、空を舞う七枚のカード。
あれは偶然の夢じゃなかったのかもしれない。
男性は私を地下へ案内した。
図書館の奥にある鉄の扉の前で、彼は司書の女性に何やら囁く。
司書は頷き、古びた鍵を手渡した。
「特別に許可しますが、あそこは埃だらけですよ」と言いながら。
扉を開けると、冷たい空気が流れ出た。
狭い階段を降りると、薄暗い地下書庫が広がっている。
壁一面に木製の棚が並び、そこには古い帳簿や日誌がびっしりと詰まっていた。
埃が舞い、わずかなランプの光がそれを金色に照らす。
「十年前、私はここでカードの入った日記を見つけました。」
男性はそう言って、棚の一角を指差した。
そこには黒い革表紙の分厚い本が置かれていた。
日記を開くと、古いインクでびっしりと書き込まれた文字が並んでいた。
ページの端は擦り切れ、ところどころに水の染みがある。
最初の数ページは、この港町の日常が淡々と綴られていた。
だが、途中から文章は変わっていく。
「一枚目は海の朝。
二枚目は夜の港。
三枚目は嵐の灯台。
七枚揃えば、失われた“彼女”の時間が戻る。」
私は思わず顔を上げた。
「これ……“彼女”って?」
男性は首を横に振った。
「分かりません。ただ、この日記を書いた人物は最後にこう記しています。」
「私がいなくなっても、このカードを見つけた者が必ず現れる。
その者は、未来を断片で見ることができる。」
私の背筋に冷たい感覚が走った。
まるで、私のことを指しているようだった。
その瞬間、奥の棚から「パタン」という音がした。
私と男性は同時に振り返る。
誰もいないはずの棚の間に、風が通り抜けたような気配が走る。
そして――そこに、白い紙片が舞い落ちた。
拾い上げると、それはまた新しいカードだった。
3枚目。嵐の灯台の絵と同じデザインだが、色が少し違い、裏の言葉も変わっていた。
「海は記憶を流すが、必ず岸に何かを戻す」
男性は低くつぶやいた。
「……始まったのかもしれません。」
私はカードを胸に抱き、階段を上った。
港の風が、これまでよりも強く吹いていた。